私たちが現在使っている暦は
グレゴリオ暦と言われる、
西洋で成立した暦です。
ですが、中国を中心とした東洋では
太陰暦が使われていました。
西洋の太陽暦であるグレゴリオ暦
東洋では月を使った太陰暦が
使われていました。
では、その太陰暦についてみていきます。
①太陰暦とは
②太陰暦の成り立ち
③旧暦とは
①太陰暦とは
月の運行法則を基に算出された暦です。
月は、毎夜姿を変え
約28日で天空を一周します。
月の変化を観察すると、
ほぼ7日で変化することが分かってきました。
正確な一朔望月は、29,535882日。
12か月に換算すると、
一年が354日となり、
太陽暦の一年に対して11日短くなります。
そこで太陽年と合わせるために、
閏月をつかって修正しました。
しかし、
一年が12か月月となったり、
13か月となると不便なので、
太陽暦と太陰暦を組み合わせて
季節のズレをなくした
暦を作り上げたのです。
②太陰暦のなりたち
ではなぜ、
不便な暦を作り上げたのでしょう?
それは、
「観察のしやすさ」と考えられます。
月そのものが、太陽と同じように
巨大なカレンダーであり
海や砂漠などで生活をする人々にとっては
もっとも便利な暦だったのです。
月の動きで潮の満ち干きがわかり、
生活の土台となっていました。
現在の東洋では、
太陽暦と太陰暦が結び付いていて
純粋な太陰暦は残っていません。
世界の中で純粋な太陰暦は、
マホメット暦とよばれるイスラム暦だけ
となっています。
③旧暦とは
太陰暦と太陽暦がむすびついた暦が
太陰太陽暦ですが、
この暦のことを「旧暦」と呼んでいます。
中国占星術では、この太陰太陽暦を
十干・十二支(じゅっかん・じゅうにし)で
表した六十進法の干支暦を用います。
この太陰太陽暦のことを干支暦も含めて
「陰陽暦」といいます。
「陰陽暦」木星の周期によって出来上がった
十二次を5惑星が回ります。
そのため12×5=60という式もなりたちます。
そこで成立した六十干支を毎年に当てはめて
60年で一周期の原理が生まれているのです。
年が60周期であるので、月も60周期
毎日も、時間も秒も60となるのです。
東洋は、自然の力に従うようにして
自然界を分類し、思想的なものを発達させました。
古代中国では陰陽思想を根底において
暦の編纂がなされました。
陰陽思想は、暦の発生や占いの発生よりも前に
自然界から学んだ自然の法則学なのです。
そして、暦をはじめ、占いや政治、
兵法にまで幅広く活用されてきたものです。
ですから、科学よりも思想が優先されており
暦も単に時間の分類ということとどまらず
空間の分類まで考え、
暦術に思想的なものが入り込むという
結果になったのです。
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